先日、生まれて初めて自分の手で鶏を締めた。
いつもは、パックに詰められてスーパーマーケットに並んでいる鶏を食べていたけれど・・・
命を食べているんだ、って事は頭の中では理解していたけれど、
それはただの頭の中だけだった。
鶏を締める前日、締めるための鶏をかごに集めた。
そのとき、鶏を持ったら、ふわふわで暖かくて・・・
あ~生きているんだ。って当たり前だけど思った。
私はこの鶏たちを自分の手で締められるだろうかと心配になった。
いよいよ鶏を締める時。
まず始めに、オーナーが一匹を締めながら、締めかたを教えてくれた。
同じように自分でやってみる。
鶏の首を押さえて、包丁を入れる。血がドバッとでてきた。
そのとき、なんでか涙がドバッと出てきた。どばどばでてきて止まらない・・・
先日、「情熱大陸」で、サバイバル登山家の方が、鹿をさばいてる時に、
自分はこの鹿の命をいただく価値のある人間なのか・・・
と、そんな様なことを言っていた。
それを思い出した。
私も、この鶏の命をいただく価値のある人間なのか・・・
価値のある人間にならないと。そう思った。
首が折れるまでぐっと包丁を入れる。
鶏を押さえたまま、動かなくなるまで待つ。目がゆっくりと閉じていく。
そして動かなくなる。
泣くやつにはもうやらせない、泣くならやるな。と言われた。
食べるということはこうゆう事だ。悲しいことではない。
泣くなんて・・・
そしてもちろん、この鶏を美味しくいただこうと、無駄にしないようにしよう。と、そう強く思う。
そして、美味しく頂いた。とってもとっても美味しかった。
自分で見て、やってみないと分からないことって、沢山ある。
もっともっと、沢山見たいし、やってみたいし、感じたい。
オーストラリア、最北端の金曜島より。
きょん
先日産まれたウコッケイの赤ちゃん。 |
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